「森のようちえん」は、北欧で始まり日本にも広がった、自然環境を保育の場とする活動の総称だ。「子どもの発達にどう良いか、どんな力が育つか」──これまでは教育の側からその価値が語られ、研究の関心は主に子どもに向けられてきた。

京都先端科学大学の丹羽英之教授がこの試みに置いた焦点は、子どもたちが遊ぶ『森の側』にあった。景観生態学という観点から森の状態を読み解いてきた研究者に映ったのは、子どもの遊びが、その森の植生や環境を映しているということ。手の届く低木林では遊びが弾み、放置されて高木化した暗い森は、ただの通り道になる。鹿が増えれば下草が減り、子どもの遊びも変化する。一方、鹿の糞を食べる甲虫が増えれば、それが新しい遊びを生んでいく。森が変われば、子どもの遊びが変わるのだ。
そしてその逆もある。子どもが山に入って葉を摘み、斜面を滑れば、森はわずかに乱される。かつての里山が、人が燃料を採り続けた結果として姿が変化したように。子どもが山に入ることで、これからの森をつくっていく力になりうるのではないか。
丹羽先生たちが積み重ねてきた研究に、4年生の山岸礼奈さんが卒業研究として加わった。京都・宝が池の森で、一日中子どもたちの後ろを歩き、何を、どこで、どう使って遊んだかを、植物の種名まで細かく丁寧に書き留めていく。子どもたちからは「山ちゃん」と呼ばれ慕われる。小さな手が伸ばす先を追いながら、子どもと森の未来を探っている。

    山岸 礼奈

    やまぎし れな○2004年8月生まれ。京都府京都市出身。
    景観生態学研究室所属、京都・宝が池の森で「森のようちえん」の行動観察調査に取り組む。
    1回生の頃から自分から教員に声をかけ、卒業生懇親会や新入生歓迎会のスタッフも務めるなど行動力が持ち味。
    植物同定では学年で二番目の成績だった。犬をはじめ動物が好き。

    「面白そう」を追いかけて 
    自然への興味から「森のようちえん」の研究へ


    山岸さんにとって、森は幼いころから身近な場所だったわけではない。「自然の中というよりは、公園ですね。田舎で遊びといえば、公園で水鉄砲をしたり、東屋に集まってゲームをしたりの日々でした」。犬をはじめ動物が好きで、日が暮れるまで走り回る。家に帰ればゲームをして、寝る前に怒られながら宿題をする。そんな子ども時代を過ごした。

    そんな彼女の転機は高校2年生。京都府などが主催する「KYOTO地球環境の殿堂」の企画に参加した。「それまで環境問題に興味があったわけではなかったんですが、面白いかも、くらいで」。きっかけは“ふわっと”していた。この経験をきっかけに、山岸さんは高校生向けの課外授業に次々と手を挙げるようになった。

    中でも京都大学の試験林を歩いたフィールドワークが進路を決めた。「めっちゃ楽しかったんですよ。これは何という木で、こういう働きがあって、と一つひとつ教えてもらいながら歩いたことが、自然への興味をかきたてました」。フィールドワークが多くて、環境を学べる大学はどこだろう。そう思って足を運んだのが、京都先端科学大学だった。「詳しく話を聞いて、いいやん! って(笑)。本当にふわーっとした感じで決めました」。


    山岸さんが在籍するバイオ環境デザイン学科(※)は、生物と環境の基礎を学んだうえで、動植物の調査、環境分析、資源循環に必要な知識と技術を身につける学科だ。野生生物の保全や環境教育、水質管理、バイオマス活用などを扱い、人と自然の共生に貢献できる環境の専門家を育ててきた。亀岡キャンパス周辺の里山や農地をフィールドに、講義と現場を往復しながら学ぶ。

    景観生態学研究室では、山や川、農地などを対象に、生き物がどこにどのように分布し、自然環境がどう変化しているのかを広い視点から捉える。丹羽英之教授は、生き物だけでなく、人の暮らしや制度との関係も視野に入れながら自然環境を読み解き、その成果を現場の管理や保全に生かすところまで関わることを大切にしてきた。

    卒業研究のテーマを選ぶときの決め手は「直感」。テーマが記された紙には難しいテーマがずらりと並んでいたが、裏面に記載された一行に心が動いた。「『森のようちえん』。なにこれ、面白そう、と思って。これだけ雰囲気が違ったんです」。

    小さな子どもたちが森をかき分けるようにして、かなりアクティブに遊ぶとは聞いていた。それでも、幼稚園に通うような年齢の子が、ずっと森にいられるものだろうかと思っていた。
    「いざ同行してみたら、自分のほうがついていけなくなるくらい、みんなずーっと遊ぶんです(笑)」
    子どもたちは次から次へと何かを見つけては、山岸さんのもとへ持ってくる。よく遊ぶ時間と落ち着く時間の波があるのだろうと想像していたが、そんな波はなかった。「毎回、すべて書ききれへんぐらい」の行動量。その驚きが山岸さんを夢中にさせた。


    森のようちえん

    おおむね3~5歳の幼児を自然の中で保育する活動全般、またはその主体を指す。北欧が発祥とされ、日本ではNPO法人 森のようちえん全国ネットワーク連盟(https://morinoyouchien.org/)には多くの団体が加盟している。
    頻度は週1回から毎日まで様々で、行政の認可を受けた園もあるが、多くは認可外。主催者の思いに共感した保護者が子どもを預ける、という構造が多い。少人数での運営になるため、経営面での継続性が課題になりやすい。「1日だけ森で遊ぶ」イベントではなく、日常の保育の場が森であること。そこが、丹羽教授たちの研究が見ているポイントにもなっている。

    KYOTO地球環境の殿堂 https://www.pref.kyoto.jp/earth-kyoto/

    地球環境の保全に貢献した世界の人々の功績をたたえるため、京都府・京都市・京都商工会議所・環境省などでつくる運営協議会が2010年に創設。
    殿堂入りした人の肖像は、京都議定書が生まれた国立京都国際会館に展示される。毎年の表彰式にあわせて国際シンポジウムが開かれ、高校生や大学生が環境課題について議論し、提言を発信するプログラムも組まれている。

    (※)バイオ環境学部の学科再編

    バイオ環境学部は2025年度に学科を再編。再編前のバイオ環境デザイン学科が担ってきた領域は、現在の生物環境科学科へ引き継がれている。山岸さんは再編前に入学したため、バイオ環境デザイン学科に在籍している。


    一日中、子どもの後ろを歩き 
    遊びと森の関係を記録する

    調査地は、京都市左京区の宝が池公園。ここを拠点に活動する「森のようちえん どろんこ園」の1日は、朝9時から始まる。「今日はどこへ行くか」行き先を決めるのは指導員ではなく子どもたち。「昨日はあそこに行ったし、今日は暑いから、こっちにしよう」。さらに、「あそこには今、白い花が落ちている」「大きな葉っぱなら、あの場所にある」と、季節ごとに現れるものまで覚えているそうだ。そうした記憶も手がかりにしながら、子どもたち自身が行き先を決めていく。

    目的地に一直線に向かうわけではなく、あっちにこっちにと寄り道をしながらたどり着く。午前中は自由に遊び、お昼時になると、お腹が空いた子からおにぎりと味噌汁を食べ始める。「一斉に12時だから食べましょう、ではないんですよ。お腹が空く時間もそれぞれですから」と丹羽先生。決まった時間に全員を動かすのではなく、一人ひとりの感覚や自主性を尊重する。その考え方もまた「森のようちえん」ならではだ。

    山岸さんは、保護者が迎えにくる午後の時間まで、1日をまるごと追いかける。抱えたバインダーに記録するのは、子どもたちが「いつ・どこで・何を・どう使ったか」。

    たとえば、子どもが枝を拾って武器に見立てて遊び始める。何の木の枝か、太さや大きさはどのくらいか。それは何時何分で、どの場所でのことか。それを書き留め、写真を撮り、後から照らし合わせられるようにしておく。一つひとつの記録には、GPSで取得した緯度・経度も付ける。毎回、およそ6、7人の子どもたち。全員がバラバラに遊び出すので、複数人で入る日は手分けをすることもあるという。

    山岸さんが調査時に記録したもの


    山岸さんの調査の要は、子どもたちの手の中にあるものの、種名まで書き留めることにある。
    丹羽先生は、既存研究との違いをこう説明する。

    「森のようちえんの既存研究は、ほとんど教育系の先生がされているんです。子どもの発達にどういいか、何で遊んでいるか。でもそこでは『枝』『葉っぱ』『虫』で終わってしまう」。

    ひと口に枝といっても、そこがどのような森かによって、落ちている枝の種類は違う。子どもの遊びも、必ずその影響を受けている。だからこそ、何の木の枝なのか、何の葉なのかを記録しなければ、既存の研究と何も変わらなくなってしまう。
    とはいえ、これが難しい。子どもたちのスピードに、植物の種類を見分けて種名を特定する「同定」が追いつかない。「時間が経つと『なんやったっけ、これ』となってしまって」。分からなければ、写真を撮って持ち帰るしかない。夏、子どもたちの遊びが川に移ったために森の調査が休みになる期間は、撮りためた写真を判読し、植物を同定し、データを集計する時間にあてられた。

    この調査は、山岸さんが加わる以前から、丹羽先生たちの研究チームが段階的に進めてきた。初年度は「どろんこ園」の指導員にGPSロガーを持って歩いてもらい、1年を通して活動範囲がどう変わるかを追った。年度初めは集合場所の近くが多かったが、年が明ける頃には子どもたちの体力がつき、尾根を越え、森の反対側まで歩くようになっていた。

    GPSで範囲の変化は見えたが、子どもが何を使って遊んでいるのかまでは分からない。そこで翌年からは、丹羽先生自身が子どもたちに一日同行し、遊びに使った自然物を記録する調査へと発展させた。ただ、一人で一日中同行できるのは年に3回ほど。データ数には限りがあった。

    今年、山岸さんが卒業研究として加わったことで、調査回数を大きく増やし、データの母数を積み上げている。記録には位置情報が付いているため、GIS上で植生図と重ね合わせることができる。これまでのデータからは、どの場所で遊びが集中しているのか、どんな森のタイプで自然物の利用が増えるのかが見えてきた。さらに、木登りのように1ヶ所に集中して現れる遊びと、活動範囲全体に広く分布する遊びの違いも、くっきりと表れる。山岸さんは、さらに増えたデータをもとに、子どもの遊びと森の植生の関係をより詳しく捉えようとしている。

    子どもたちの遊びの記録

    宝が池公園

    京都市左京区にある約97.5ヘクタールの都市公園。大半が森で、アカマツ林やコナラ林からなる里山二次林が広がる。近年、鹿の増加や樹木の枯死、高木化といった問題が起きている。この森をどう使っていくかを考えるため、行政・地域住民・複数大学の研究者が参加する協議会が長く続いており、丹羽教授も事務局を務めている。

    GIS(地理情報システム)

    位置情報を持つ地図データを重ね合わせて分析できるシステム。ハザードマップの作成や被害状況の把握などの防災・災害対策や、道路、水道、ガスなどの維持管理や工事情報の共有、マーケティングなど幅広い分野で活用されている。


    子どもたちの創造力から、森の可能性を探る

       子どもたちは、どのように遊んでいるのですか。

    山岸 礼奈(以下 山岸)  葉っぱでおままごとをするのは想定内でした。ところが「何作ってるの?」と聞くと、「これは子猫のお肉で、これは恐竜の足」って。すごく具体的に例える。かと思えば、鯛のお味噌汁を作って、そこに胡椒に見立てたものを入れている子もいて。めちゃくちゃ豪華やし、すごく独創的やなと(笑)。石を恐竜の卵に見立てて入れたりもします。他にも、斜面では手を伸ばして飛行機ごっこ、木に登ったら今度はその木を電車に見立てて、全員で揺さぶりながら電車ごっこ。懐かしくなる部分もあるし、まったく予測と違っていて驚く部分もあります。

       子どもたちは、森のことをどのくらい把握しているのでしょう。

    丹羽 英之先生(以下 丹羽先生)  名前は認識していないんだけど、空間的にはかなり把握しています。あそこに白い花が落ちている、ここに苔がある、この土は掘ったらこうなる、あそこには大きい葉っぱがある、と。朝の相談のときに「あそこに行ったらこんな遊びができるから行きたい」と言っています。

    山岸  桜の実がなる時期になると、潰してマニキュアみたいに塗ったり、口紅にしたり。みんな真っ赤になっています。何月にはどんなものがあった、と大人のように時期を区切って覚えているわけではなくて、「この時期にこれを見かけたな」という感覚で、場所や季節と結びつけて分かっているみたいです。

       調査をしていて、難しいと感じるのはどんなところですか。

    山岸  遊び相手だと思われることですね(笑)。紙とペンを片手にまとめて持っていると、空いている方の手をずっと引っ張られて、書けない。近すぎず遠すぎず、というちょうど良い距離感を保つのが難しいです。

       調査に入って、山岸さん自身の森の見方は変わりましたか。

    山岸  大学に入ってから、森に入る機会は増えました。一方で、ニュースなどで熊の被害が報じられるのを見て、森には気をつけて入らないといけない、怖い場所でもあると感じていました。でも、子どもたちの様子を見ていると、森の親しみやすい側面はまだちゃんと残っているなと。危ないものは危ないと教わって、指導員さんの目の届く範囲で自分たちで判断している。熊による被害は食い止めないといけないと感じる一方で、絶対に森に入ってはいけない、というところまではまだ来ていないんだな、という安心もありました。もっと森に近い暮らしは、まだできると感じています。

       山岸さんの研究に、どんな成果を期待しておられますか。

    丹羽先生  この調査は誰でもできるわけではなくて、対子どもなので、割とパーソナリティに左右されるんです。子ども好きかどうか、というのとも少し違う。1回生の頃から行動力がずば抜けていた山岸さんならできるかなと思っていました。
    「森のようちえん」の意義と、森との関係性を明らかにしてもらえたらと思っています。学会では発表されているんですが、実は学内では一度も話したことがなくて。だから山岸さんが卒業研究で発表すると、学内で初めて認識してもらえる。その波及効果にも期待しています。


    子どもの遊びから育まれる、
    今日的な山の在り方へ

    子どもたちが遊ぶのに適しているのは、アカマツの低木林のような明るい場所。手の届くところに葉があり、枝がある。それは裏を返せば、30~40年前の里山の植生でもある。人が山へ柴刈りに行き、マツタケが採れ、アカマツ林が広がっていた時代の森の姿。

    つまり、「子どもの遊び場として適している」と推測される森のかたちは、放置されてその植生が変化し、確実に減り続けているということだ。宝が池の森も例外ではなく、常緑樹が入り込んで鬱蒼と暗くなり、アカマツ林は昭和初期と比べてかなり減少している。

    では、昔の里山に戻せばいいのか。丹羽先生の答えは「昔の姿には戻らなくてもいいと思っています」。そもそも昔の里山は、誰かが守ろうとして生まれた風景ではなかった。「山を保全するために整備したのではなく、人が生活のために森へ入り、燃料などの資源を活用した結果として生まれた姿だったんです」。

    だとすれば必要なのは、復元ではなく、今の時代に合った山の使い方を作ることではないだろうか。「森のようちえん」は、その具体的な事例になりうると丹羽先生は話す。
    そして、子どもが山に入って遊べば、葉は摘まれ、斜面は滑って道になる。森はわずかに攪乱されるのだ。

    「もっと大量の子が山に入れば、今日的な新しい山の植生に変わるんじゃないかと」。
    壮大な話だと先生本人も笑う。ただ、逆向きの展開はすでに始まっているという。四国では、子どもがやりたいことに合わせて、大人が積極的に山を整備している例も出ている。どんな森が子どもの遊びを豊かにするのかという考えのもと《「森のようちえん」のための森づくり》という発想が成り立つ。

    丹羽先生は、研究の成果を論文にまとめるだけでなく、実際の森の使い方や整備につなげたいと考えている。「成果が現場に生かされ、実際に何かが変わってこそ、研究は面白いと思っています」。

    研究の輪は広がりつつある。徳島大学や九州工業大学との共同研究が動き、2027年1月には、森のようちえん発祥の地であるノルウェーの研究者を招いて、日本の現場を見てもらう計画もある。複数の場所を比べ、国際的に比べることで、知見に厚みが出る。

    山岸さん自身は、卒業後、GISを扱う企業に入社予定だ。調査でGPSを使って位置情報を記録してきた経験は、これからの仕事とも重なる。そして、いつか自分に子どもができたら、森に連れて行きたいと話す。「子どもの頃からもっと気楽に参加できる形が増えたらいいなと思っています。毎日森に入るのでなくても、たまに森で過ごす日があるだけでも面白いかなって」。森を歩き、子どもとふれあうなかで生まれたのは、未来の子どもと森の関係をつくる、一筋の願いだ。