岡山県北東部に位置し、農業地帯と内陸型工業団地が共存する岡山県勝央町。ここに岡山県内で林業を学べる唯一の県立高校・勝間田高等学校がある。総合学科には森林・園芸・食品・自動車・ビジネスという特色ある5コースがあり、中でも森林コースは、森林を中心とした林業に関する知識と技術を習得することに加え、植林から伐採、木材加工、森林管理まで、林業の一連のサイクルを体系的に学ぶことができる。
最大の特色の一つが、270ヘクタールもの広大な演習林を所有していること。この演習林を活用した実習を通じて、高性能な林業機械やチェーンソー技術の習得といった実践的な学びが提供されている。勝間田高校の森林コース2年生の田中敬大さんは、祖父がかつて携わっていた林業に関心を持ち入学。実習や地域連携、専門科目など多様な学びを得て、芽生えたのは「地域に貢献していきたい」という想い。森林コースでの経験を糧に、自らの道を見つけ、将来を切り拓いていく。

    田中 敬大

    たなか けいた◯2007年5月16日生まれ。岡山県勝央町出身。
    祖父が林業に携わっていたことから森林や林業に興味を持ち、勝間田高校に進学を決めた。
    自然が好きで山岳部にも所属し、勉強や実習、部活動にも熱心に取り組んでいる。
    高校生活での学びを経て、地域に貢献したいという夢を叶えるべく新たな目標を見据えている。

    林業に従事するために必要な専門科目を履修できる
    総合学科 森林コース

    岡山県勝央町にある岡山県立勝間田高等学校は、県内で唯一、林業を専門的に学べる〈森林コース〉を設置している学校だ。ここでは、植林から伐採、木材加工、森林管理まで、林業の一連のサイクルを体系的に学ぶことができる。生徒たちは1年生の春にコースを選択し、3年間を通して専門的な技術や知識を深めていく。授業には一般教養科目と専門的な科目とがあり、学年が上がるにつれて専門科目が増えるという流れ。1年生では主要5科目のほか音楽、美術、体育などの一般教養と、専門科目として農業や環境の基礎を学ぶ。夏休みには、チェーンソーの安全衛生講習を受講。安全教育を徹底した上で、伐採や木材加工の技術を学び、森林資源をどのように活かしていくかを考えていく。
    講習後はすぐにチェーンソーを使わず、ノコギリで木を伐採して、人力で運搬し、学校へ持ち帰りログベンチなどの木工品を作る実習も行う。あえて手作業で素材の搬出を行うことで、チェーンソーの便利さや危険な点などを十分に実感してもらうことを狙いとしている。その上で、メンテナンス方法やソーチェーン(チェーンソーの刃)の安全な着脱など、実際に使用するときに必要となるチェーンソーの取り扱い方を学ぶ。

    また、2020年にはレーザー加工機を導入し、複雑な木材加工にも対応できる環境を整えた。伝統的な林業技術に加え、最新の設備を活用することで、より多様な木工製品の製作に挑戦できるようになっている。さらに、ドローンの導入も進められており、スマート林業の概念を取り入れた学びにも力を入れている。

    勝間田高校の最大の特色の一つが、270ヘクタールもの広大な演習林を所有していることだ。この規模は日本の高校の中でも最大級であり、ここでの実習を通して、より実践的な学習を深めることができる。
    演習林では、伐採や木材の利用だけでなく、森林保育についても学習する。例えば、間伐や枝打ちといった作業を行い、森林の成長を促す技術を身につけること。こうした活動を通じて、「木を切るだけでなく、育て使うことも林業の大切な役割である」という視点を養う。かつては生徒が1週間泊まり込みで演習林に滞在する実習も行われていたが、現在は日帰りの形で実習を実施しているそうだ。

    2年生では専門科目が「森林科学」、森林資源の活用方法を学ぶ「林産物利用」、「測量」などの5科目に増えるほか、生徒に森林や林業について興味を持ってもらうために、飯ごう炊飯やロープワーク、自然素材を使ったアート作品の制作といった「アウトドア」を学校設定科目として実施。3年生では森林や林業に関する専門科目がさらに6科目に増え、こうした専門的な授業を通じて、生徒が林業に関する知識や技術を身につけ、林業従事者への興味を喚起するとともに、卒業後の進路選択に役立てることを目的としている。

    日本伐木チャンピオンシップ

    木を安全に正確に倒す技術を競う競技大会で世界大会の日本代表の予選も兼ねている。受け口の作り方や、木を倒したい方向に正確に倒す技術を競い、高め合っていくことを目的としている。受け口の作り方は、木を安全に倒すための最初の重要なステップであり、伐倒方向に向かって正確に作る技術が競われる。正確な木の倒し方は、ジュニア部門とプロ部門があり、プロ部門では数センチ、数ミリの精度を追求することが求められる。


    地域連携を重視し、学外の専門家やプロを招致
    多様な経験を生徒に提供し、自主的な進路選択を促す

    勝間田高校では、近年は地域連携の視点から、学外の方を積極的に招き実技や講習を行っている。これまでに、森林組合の職員や樹木医、「院庄林業」のような林業系の企業の社員など、林業の現場で実際に働いているプロから学ぶ機会を年6~7回生徒たちに提供。2月には、林業のプロフェッショナルの集まりである林業研究グループ「岡山林業未来会」のメンバーが来校。進路選択を控えた森林コース2年生に、林業の魅力ややりがいなどについて、講話・実習を通じた講義を行った。一方で、第一次産業自体が衰退しつつあるという現状を伝えることで、社会の課題感も共有。それら多様な学びを活かし。生徒が自分のやりたいことを見つけ、それに向かって進むことを尊重している。あくまでも、生徒が自分の興味や関心に基づいて進路を選択できるように、さまざまな学びの機会を提供し、サポートしているのが特色だ。


    生まれ育った土地の森林や林業について学び
    地域防災の担い手としての道に進む

       田中さんが勝間田高校に進学しようと思ったのはいつ頃?その理由は?

    田中 敬大(以下 田中)  進路を決めたのは中学三年生の時です。僕は地元が大好きで、この町の高校に通いたいと思っていました。最初は工業系を考えていましたが、オープンスクールに参加したときにすごく楽しそうで。林業のことをもっと知りたいと思って決めました。

       「森林コース」に決めたきっかけは?

    田中  祖父が自分で山を所有し林業に携わっており、一緒に山に連れて行ってもらったこともありました。自分にとってはわりと林業が身近にあったので、「森林コース」一択でしたね。

       田中さんが好きな授業や科目は?その理由は?

    田中  2年間学んでみて森林の大切さを知ることができて良かったと思っています。クラスはみんな明るくて元気で、時には先生を困らせることもあるかな(笑)。男女分け隔てなく接することができて、楽しいですよ。先生との距離も近いです。教科の中では「測量」が好きで、「セオドライト」と「水準」という2通りの方法のうち、主に水準のほうで測量しています。岡山県の大会(※)に出場して、賞をいただきました。器械で距離を測量して、正確な結果が得られることに達成感を感じます。
    ※令和5 年度 岡山県学校農業クラブ連盟 測量競技県大会(水準)の部 最優秀賞・優秀賞、岡山県学校農業クラブ連盟 測量競技県大会(セオドライト)の部で優秀賞を受賞した。

       ほかに印象に残る授業はありましたか?

    田中  頭を使うより体を動かすほうが好きなので、実習は毎回楽しいです。今年、岡山県で57年ぶりに開催された全国植樹祭に向けてはヒノキのベンチを作りました。勝央町のイベントでノベルティとして使う特製コースターを製作したことも。自治体やイベント関係のものを作らせてもらえるのは経験として貴重ですが、実は授業のために作るほうが自分としては上手にできるんです。植樹祭のように行事や地域のために作るのは責任感が大きくて緊張してしまって…なかなか難しいです(笑)。

       卒業後の進路はどう考えていますか?

    田中  森林や林業について知りたいと思い入学して、林業の楽しさを学んだので森林関係に進もうかと思っていたんですが、最近は違う目標が出来ました。小学生の頃、地域の方々が通学路で見守りをしてくれたことがすごく印象に残っていて、今度は自分が地域に恩返しをしていきたい。地元に貢献できる仕事がしたいと思いました。それで今は、消防士を目指そうと考えています。


    多様な学びの中で培う自発的な目標
    生徒自らが目標や夢を見つけ、将来へ羽ばたいていく

    体を動かすことが好きで、地域に貢献できる仕事をしていきたいという目標へ向かって進む田中さん。最近全国で頻発する地震や豪雨についての報道や、南海トラフ地震が起きるという予測を聞くにつけ、災害が起きた時に、一人でも多くの命を救えるように。災害時に地域の人々を助けたいという思いがあり、地域貢献につながる消防士を目指したいと話してくれた。
    森林や林業について学ぶ中で見えてきた自分の将来。彼を間近で見つめサポートしてきた植月先生は、生徒たちの卒業後の進路について、「必ずしも、林業や森林といった関係の進路を選択してほしいとは思ってないです。生徒たちがやりたいことがあるなら、積極的に進んでいってほしい。僕はそれでいいなと思ってるんです。高校生活の学びやいろんな刺激の中で、本人が『これだ』と思うものを見つけてくれたら、我々教員はそれを全力で応援していきたい。」そう見解を話してくれた。
    生徒が自分の興味や関心に基づいて進路を選択できるように、様々な学びの機会を提供し、サポートする勝間田高校。生徒たちは、日々の学習や実習、地域との関わりの中で自らの道を見つけ、切り拓いていく。