

鳥取県日南町、人口約3,700人のこの小さな山あいの町に、全国から林業を志す10代から60代まで幅広い年齢層が集う林業専門学校がある。「にちなん中国山地林業アカデミー」は、2019年に開校した、全国初の町立林業学校だ。
1年制という短期間で、チェーンソーから重機操作、造林の基礎まで、林業に必要な知識と技術を学ぶことができる。卒業後の就職先は県内に限らず全国どこでもいい——自治体が経営母体の学校には珍しく、そんな懐の深さも持っている。
「ゼロから1をつくる学校」と語るのは、自らも10年以上林業の現場に携わった経験を持つ小菅先生。立ち上げから尽力され8年、専任教員として教鞭を執る。卒業を間近に控えた定岡さんは、幼い頃から父の背中を追い、林業を「夢の職業」と呼ぶ。この学校で過ごした1年間を「来てよかった」と振り返る。
山と人を結ぶ教育の現場。林業の未来を担うキーパーソンの2人に話を聞いた。
にちなん中国山地林業アカデミー
にちなん中国山地林業アカデミー
2019年に鳥取県日南町に開校した全国初の町立林業学校。日南町が設置し、一般財団法人日南町産業振興センターが運営する。1年間の短期集中カリキュラムで林業の基礎技術と安全管理を学び、チェーンソーや重機操作など各種資格取得が可能。卒業後の就職先は日南町や鳥取県などに限定せず、全国に開かれている。町有林を活用した実践教育を特徴とし、林業人材の育成拠点として注目されている。
全国初の町立林業学校、
その独自のアプローチ
「にちなん中国山地林業アカデミー」は、鳥取県日南町が設置し、一般財団法人日南町産業振興センターが運営する1年制の林業専門教育機関だ。2019年の開校以来、毎年10名前後の学生を受け入れ、2026年4月で8期目を迎える。
同校最大の特徴は、実践を主体とした1年間の短期集中のカリキュラムにある。座学と実習を組み合わせた体感型の学びで、チェーンソーや刈払機の操作から、車両系建設機械、フォークリフト、さらには狩猟免許や救急救命講習まで、在学中に最大13もの資格を取得できる。
もうひとつの大きな特徴が、卒業後の就職先を全国に開放していることだ。多くの林業学校が県内や地域内への就職を前提とするなか、にちなんアカデミーは全国に門戸を開く。神奈川や愛知など、遠方で就職した卒業生もいる。
さらに、経済的支援も手厚い。国の「緑の青年就業準備給付金」制度により年間最大142万円の給付金を受けられるほか、授業料は年間96,000円で、入学金は無料だ。2026年4月には学生寮も完成し、家賃3万円で光熱費・通信費込みという恵まれた環境が整った。
校舎から車で5分の場所には、668ヘクタールに及ぶFSC(Forest Stewardship Council®:森林管理協議会)認証の演習林が広がる。これは全国の林業アカデミーで最大の面積である。杉164ヘクタール、桧87ヘクタール、赤松36ヘクタール、天然林381ヘクタールの多様な森が、実践の舞台となる。









「ゼロが1になったくらい」
本気の教育が成長を促す
専任教員の小菅先生は、29歳で林業に転職し、広島の太田川森林組合で11年間、育林現場に従事した。その間に大学院で林業経営の研究にも取り組み、学位を取得。40歳でにちなんアカデミーの立ち上げに参画した。「私があと20年現場で働くよりも、ここで1年に12人育てた方が、林業全体への貢献は大きいと思ったんです」。
生徒は自分の分身だと語る小菅先生だが、教育方針は優しいだけのものではない。実習重視の背景には、林業の労働災害率が全産業平均の10倍という厳しい現実があるからだ。しかも事故の半数以上が林業経験年数5年未満の者が起こしているという。だからこそ、学校では1本でも多くの木を切る経験を積ませる。「木は1本として同じものがない。現場での判断力は、経験でしか身につかないんです」。
一方で、チェーンソーの使い方に深く踏み込みすぎないのも流儀だ。「野球のピッチャーの投げ方と同じで、チェーンソーの切り方もどこを重視するかは人によって違う。うまい人でもそうなんです。だからあまり踏み込まず、基本だけを教えています」。技術力の高い林業会社ほど「新人しか取らない」という傾向があることを、研究者としての目で見抜いているのだ。《現場の流儀は現場で学べ》—その信念が、1年制というカリキュラムの設計思想にも通じている。
「ここで1年どれだけ学んでも、ゼロが1になったくらい。就職したら、その現場で一番うまい先輩から常に学び続けてほしい」—小菅先生が生徒に必ず伝える言葉だ。長く林業を続ける人材を育てる、それがこの学校のテーマなのだ。

小菅 良豪
こすが よしたけ ◯ 1978年2月生まれ。滋賀県近江市出身。
29歳で林業の世界に転職し、広島県の太田川森林組合に勤務。約11年間にわたり育林を中心とした現場作業に従事し、造林や森林管理の実務経験を積む。勤務の傍ら大学院に進学し、林業経営や林業教育に関する研究で学位を取得。
2018年、鳥取県日南町が設立を進めていた「にちなん中国山地林業アカデミー」の立ち上げに参画し、2019年の開校当初から専任教員として教育に携わる。現場で培った実務経験と研究者としての視点を併せ持ち、「長く林業に従事できる人材を育てる」ことを理念に、実践を重視した教育を行っている。
父の背中を追い、山へ
知識と実践を一体で学ぶアカデミーの一年
小菅先生が語る教育理念を、学生はどのように受け止めているのだろうか。
岡山県新見市出身の定岡さんは、高校卒業後すぐにアカデミーへ進学した。
この学校を選んだ理由は明確だ。全国には林業大学校が数多くあるが、多くは二年制。一方、にちなん中国山地林業アカデミーは一年制で、林業の現場で求められる技術や資格を短期間で集中的に身につけることができる。
できるだけ早く現場に出て父の会社で働きたい そう考えていた定岡さんにとって、このカリキュラムは現実的な選択だった。
授業は、教室と現場の双方で組み立てられている。講義では林業の基礎知識に加え、ICTやドローンなど、これからの現場で活用が広がる技術についても学ぶ。一方、実習では実際に山へ入り、伐採や搬出の作業を経験する。チェーンソーや刈払機の扱い、重機操作、さらには資格取得まで、知識と実践の両面から林業の基礎を一通り身につけていく。現場に出たときに何が起きても対応できるよう、仕事の全体像を俯瞰して理解するための一年でもある。
また、この学校の特徴は、学生の年齢層や立場が幅広いことにもある。今年の学年には社会人経験者が多く、年齢差も大きい。
高校卒業後すぐに入学した定岡さんは、最初は少し不安もあったというが、それは初めの頃だけで、すぐに打ち解けていった。
社会人経験者も多く、人生経験の厚みが違う。「年齢がバラバラだからこそ面白い。いろんな話が聞けて勉強になります」。異なる経歴の人たちが同じ山に入り、同じ作業をする。その環境が自然と学びを生んでいるのだ。
印象的なのは学生同士の距離の近さだ。実習の合間の昼休みになると、食堂の大きなテーブルに自然と全員が集まり、食事をしながら会話が続く。笑い声が絶えず、話題も尽きない。その様子を見ていると、年齢差を感じさせないほどの一体感がある。
「みんな本当に仲がいいんです」。定岡さんはそう語る。林業の技術を学ぶ一年でありながら、そこにはもう一つの学びがある。年齢も経歴も異なる仲間と山で働く中で、人としての視野も広がっていく。

定岡 良磨
さだおか りょうま ◯ 2006年8月生まれ。岡山県新見市出身。
林業会社を営む父の背中を見て育ち、小学3年生の頃から林業を志す。高校卒業後、にちなん中国山地林業アカデミーに進学。新見市の自宅から車で約1時間かけて通学しながら学ぶ。1歳年上の兄も同校の卒業生。チェーンソー、刈払機、車両系建設機械、狩猟免許、救急救命講習など13の資格を取得。卒業後は父と兄とともに家業の林業会社に従事し、将来は技術だけでなく経営面でも成長していくことを目指している。
山と、家族と、これからと
卒業を控えた生徒の想い
林業を目指したきっかけと、入学した理由を教えてください。
定岡 良磨(以下 定岡) 小学校3年ぐらいから「林業したい、林業したい」ってずっと言っていました。父親が森林組合から独立して林業の会社をやっていて、たまに現場に連れて行ってもらっていたんです。父が重機を乗りこなしているのを見て、「かっこいい」「やりたい」って強く思いました。それが夢の職業になったきっかけです。
1歳年上の兄も卒業生なんです。1年でいろいろ資格も取れるし、新見の実家から通える距離だったので、じゃあにちなんアカデミーにしようと入学を決めました。休日は家業を手伝っているので、1時間くらいかかりますが通学しています。
学びの中で、やりがいや成長を感じるのはどんなときですか?
定岡 学んで役立ったと感じるのは造林の基礎です。これまでただ伐るしか知らなかったので、育てるところから林業を知ることができたのは自分の中で大きな経験でした。自分が楽なように伐ってしまったら山がめちゃくちゃになる。伐った後に植えることを考えたら、株を低く伐ろうかなとか、そういう意識につながるんです。知ってやるのと知らずにやるのとでは、仕事の質がまったく違います。これから生業とするからには、基本的なところは最低でも知っておかないといけないなと感じました。
あと、全部で13もの資格を取得できたのも嬉しかったですね。重機の操作も初めてで、ハーベスタ(伐倒造材機械)は触ったことなかったので、めちゃめちゃいい経験になりました。
「林業が好きだな」と思う瞬間はどんなときですか。
定岡 鬱蒼としている山をバーッと伐採して、きれいになったときの爽快感ですね。目に見えて成果がわかるので達成感があります。自分の仕事が形として残る。そういうときに「やっぱり林業いいな」って思います。危ないところもあるけど、仕事を通じて自分自身が成長できる。いい仕事だと思いますよ。
将来について考えていることは?
定岡 卒業後は家業に従事する予定です。5年後は、いろんな面で成長したいですね。技術はもちろん、会社経営についてもしっかり考えていきたい。経営者として社交的な面も伸ばしたいし、人とのつながりも深めていきたいと思っています。

定岡さんの成長をどう感じていますか。
小菅 良豪(以下 小菅先生) 技術的には入学時からレベルが高かったんですよ。中学の頃からずっと林業をやっていますからね。でも最初はあんまり人とも喋らなかったし、「自分は経験者だから」っていう思いもあったかもしれません。それが今は周囲との関わりがいい刺激になって、特に社会性がすごく伸びたと思います。
生徒さんへの想いをお聞かせください。
小菅先生 世の中に出て、しっかり林業に貢献していただきたい。そのためには「自分の身は自分で守る」が第一です。林業に長く従事してほしいのが学校のテーマなので、就職後、少なくとも1年は真面目に林業に取り組むように、就業先の上手な先輩から常に学び続けてくださいと伝えています。
学校の5年後、10年後に望む姿とは。
小菅先生 今は3人4人のチームで作業していますが、10年後にはさらに機械化・省力化が進んで、少人数で取り組む時代になると考えています。新しい林業のかたちを、早めに教育に取り込んで、常に時代の最先端を指導できる学校であり続けたいですね。

長期的な視座で林業の未来を背負う、
小さな町の大きな挑戦長
日本の林業が抱える課題は根深い。労働人口の減少から木材価格の低迷、そして小規模事業体が6割を占めるという産業構造そのものにも。従業員10人以下の事業体では人間関係に起因する離職も多く、就業規則すら整備されていないケースも珍しくない。
しかし今、変化の兆しもある。機械化で安全性が確保でき、重労働が緩和されたことで、かつて「自分の子どもにだけは林業に従事させない」と語っていた意識が変わりつつあるのだ。親が林業に携わる家庭から、自らも林業を志す若者が増えている。定岡さんは、まさにその象徴と言える。
にちなんアカデミーが全国就職を掲げる背景には、「一人勝ちではなく、業界全体を見る」という信念がある。鳥取県の人口は約52万人。限られたパイの中で地域だけにこだわれば、林業界そのものが沈んでいくのではないか。その危機感が、全国から人材を受け入れ、全国へ送り出すという他に類を見ないモデルを生んだ。短期的な損得ではなく、長期的な視座で林業の担い手を育てる——。人口4,000人余りの町が挑む、静かだが確かな革命がここにある。
日本の国土の7割は森林である。その森を守り、活かし、次の世代へつなぐ人を育てること。それは小さな町の事業であると同時に、この国の未来に関わる仕事でもある。山あいの教室から巣立っていく者たちの背中に、林業の明日が見える。















