SDGs(持続可能な開発目標)が193ヶ国参加の国連サミットにおいて全会一致で採択されてから、10年。日本においては、ロビイングの甲斐あってようやく意識定着が見られはじめた。特に高等教育現場では2022年度からの新学習指導要領に「持続可能な社会の創り手の育成」を導入。学校行事や指導内容に組み込まれたり、生徒の自主的な取り組みが実現されたりと、到達目標の2030年を5年後に控えた今、にわかに活気を帯びている。
こうした潮流が起こるずっと以前、SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)が発表された後の2004年頃。岡山県北唯一の工業高校津山工業高校の工業化学科が中心となり「Project R(プロジェクト・アール)」が立ち上がっていたのをご存知だろうか。「R」はReview(見直し)、Resource(資源)、Recycle(再生利用)に由来。20年も前に地域の環境保全と地域発展を両立させるべくスタートしていたのである。
そして時代が変遷し、プロジェクトはテーマを維持しながら進化を続け、取り組みは地域のみにとどまらず広く深く影響を及ぼしている。現在は地域で出た廃材と食用廃油の利活用を柱にしたものづくりを進めている同校の、時代を超えて環境と地域課題に向き合う姿を紐解く。

    岡山県立津山工業高等学校 工業化学科

    岡山県立津山工業高等学校◯
    岡山県北に位置する工業教育高等学校。2021年度に創立80周年を迎えた。
    工業化学科をはじめ、建築科、土木科、機械科、デザイン科、ロボット電気科の6つの専門学科があり
    「至誠貫行(しせいかんこう)」を校訓に掲げて特色ある教育活動を展開。
    激動の現代社会にも柔軟に対応できる自主性や創造性に富んだ有為な技術者を育成している。

    20年前からいち早く官学連携の環境保全活動に着手
    《R》の視点から地域課題解決

    岡山県北部唯一の工業高校として1941年に開校した津山工業高等学校。80年を超える歴史の中では数多くの技術者を輩出し、特に近年は時代の流れを捉えた「新しいものづくり」への挑戦を続けている。6つの専門学科の中でも1962年に新設された工業化学科は、人の生活に必須となる化学を体系的に学ぶことで、幅広く社会貢献できる人材育成を目指す。

    環境学習にはいち早く取り組んでおり、県内有数と言える実績を誇る。2004年に岡山県主催の「スーパーエンバイロメントハイスクール研究開発事業」指定校となってからはさらに活動領域を広げ、地域の環境保全を主眼とした「Project R」がスタート。2008年には児島湖の水質浄化と水生植物の再利用による環境浄化システム開発、ならびに廃食用油石鹸の普及開発などが評価され、「きれいな水と美しい緑を取り戻す全国大会(水環境保全活動・自然環境保全活動等功労者表彰)」で最優秀賞(環境大臣賞)を受賞した。その後も多方面から評価を受けたことも後押しとなりさらに地域と密接なつながりが生まれ、活動にも変化が見られている。


    そして現在、コアとなって進められているのが、地域廃材を利用した循環型資源活用である。
    2021年からは「おかやま高校生地域未来創造事業」にも参加。木工から出る廃材の有効利用を目的とした《木質ペレットの製作》と、保育園などと提携し給食調理で出た《食用廃油を加工した石けん製作》の研究実習が2本の柱となっている。


    スーパーエンバイロメントハイスクール研究開発事業(岡山県)


    廃棄物リサイクル技術の研究・開発など環境教育を重点的に行う学校を「スーパーエンバイロメントハイスクール」に指定。カリキュラムの開発をはじめ、大学や研究機関との効果的な連携方策など、環境対策研究を推進する取り組み。高校生自身が自主的に現状課題に気づき、解決を目指す中で、人材の育成を図るとともに、環境教育に関する教材としても寄与することを目的としている。今回津山工業高校が指定校に選出されたのは、2004~2006年度以来2度目。


    少子高齢化により増え続ける放置竹林
    実用化と循環型地域資源活用の両立を目指して

    生来の爆発的な繁殖能力に加えて少子高齢化により手入れが行き届かなくなったことで、全国的に放置竹林が増加している。竹害は他植物の生育阻害や災害リスクの増加、野生動物被害にまで波及するため、喫緊の課題であった。

    「地域廃材利用をテーマに掲げた際に生徒から声が挙がったのが竹の利活用でした。まず竹繊維を抽出し加工する、これが私たちのスタートでした」
      長年、津山工業高校で教鞭をとり、地域と連携しながら環境学習に取り組んできた三宅宏先生は当時を振り返る。「最初は竹紙を生成しました。他にも竹炭や園芸用土の保水剤、バイオエタノールなどの生成にも取り組みましたが、生成量はわずかで実用化までには程遠い結果となりました」。
    ある程度の成果は見られていたものの、あくまで《循環型資源活用》の高みを目指し研究を続けた。「ウッドチッパーで竹を微粉砕しペレットとして生成することで活用方法が広がりました。試行錯誤の結果、おがくずとの混合で高い消臭効果が得られることがわかりました」。そして生まれたのが木質ペレットである。消臭剤だけでなく暖房用燃料として活用されている。ペレット以外にも粉砕した竹粉は牛舎の敷料として活用。高い消臭効果とコスト低減を両立させ、使用後は肥料として循環できることもわかった。

    現在、実習で行われている木質ペレット製造では、竹ではなく主に地域廃材が使われている。使用するのは、近隣の木工関係者から無償で提供された木材端材、食品調理などで廃棄される食用油、そして水だ。これらを混合し、成形・検査・袋詰めという工程を経て製品化される。ペレット製造実習を受け持つのは高須康夫先生。医薬品メーカーに勤務していた化学のエキスパートだ。「生徒にとっては企業活動に準ずるような、ハイレベルな経験です。材料調達からコスト計算、製造、検査に至るまで携わり、循環型社会への意識を高めていくことを期待しています」。生徒たちの意欲をかき立て新たな気づきを促す、実践型の取り組みによってさらにブラッシュアップされている。


    実習の中で芽生えた環境意識と社会性
    「少しずつでも、自分1人からでも」

    写真左:大賀さん 右:奥田さん(共に工業化学科3年生) 写真中央:高須先生(非常勤講師)

       なぜ工業化学科に進学しようと思ったのですか?

    奥田 温也(以下 奥田)  中学の頃から化学が好きだったので、もっと深く突き詰めてみたいなと思って。

    大賀 彩香(以下 大賀)  勉強は苦手でしたが、理科だけは大好きでした。特に実験が好きで、工業化学科でいろいろな実験をしたくて進学を決めました。

       実習授業はどうですか?

    大賀  楽しいです。めちゃくちゃ楽しいです!(笑) 自分で考えて何かを作っていく過程はすごくいい経験だと思っています。

    奥田  本物の仕事のような感覚を養えるので、高校生のうちから体験できるのは有意義だと感じています。失敗したとしても次にどうつなげていくかを考えられるので楽しいです。

       地球環境やSDGsなどについて、どう考えておられますか?

    奥田  正直、以前はそれほど深く考えていませんでした。でも実習を経験して、まだ知られていない環境問題はたくさんあるんだなと気づきました。卒業後は就職するつもりですが、化学の知識を生かして未来を良くしていく仕事に就けたらいいなと思っています。

    大賀  私は化学とは違う分野に進学する予定なのですが、環境問題やSDGsはすごく大事なことだと思っていて、中学生の頃から勉強しています。自分の力だけでは何も変わらないかもしれないけど、小さなことでも自分1人であっても、何かやり始めることが大切だと思います。

       最後に高須先生に。この授業に込めた想いや、生徒たちに伝えたいこととは。

    高須先生  この実習を通して、生徒たちにはやっぱり“循環型社会”っていうのを少しでも考えてもらえたらと思っています。地球温暖化の問題や温室効果ガスの増加って、どこか遠い話のように思えるかもしれないけど、実際に自分の手でそういったことに関わる取り組みをやってみることで、少しは実感が湧いてくるんじゃないかと。
    それと、こういう実習って、ただ作って終わりじゃないんですよ。材料の仕込みから整形、検査、そして結果を記録して。場合によっては安全面にも気を配らないといけない。言うなれば、企業さんの“ミニチュア版”みたいなものですね。そういう一連の流れを経験することで、実際に社会に出たときに、『あ、こういうことやるんだな』って少しでもイメージが持てるようになるといいなと思ってます。
    あと、同じことばかりじゃ飽きるでしょうから、竹を混ぜてみたり、コーヒーかすを入れてみたり、そういう“ちょっと試してみよう”っていう工夫も入れるようにしています。結果的にうまくいくかどうかは別として、やってみなきゃ分からないっていうのは、やっぱり大事なことだと思うんです。


    地域から出た廃棄物を有効に利活用
    支持される価値ある《廃油石けん》づくり

    もう1本の柱として長年、成果物として“津山工業の伝統”となっているのが食用廃油を利用した石けんだ。「私も7年前に当校を卒業したのですが《工業の石けん》として地域に根づいていて、当時から石けんづくりはすでに定番でしたね」と話すのは石けん製作実習を受け持っている難波賢太朗先生。一般企業を退職し、母校の教員として赴任した。「原材料の廃油は保育園や家庭などから回収し、アルカリ性物質を混合して何度も洗浄を繰り返しながら、高純度の石けんを精製しています」。

    製造しているのは液体と固形の2種類。廃油を回収した施設などへ還元させている。「実際に喜んで使っていただいていて『なくなった』と言われればお届けにも伺います。そうして地域との良いつながりが生まれているんです。今後は園児にも石けんづくりを体験できる機会を設けるなどの取り組みも考えています」。

    こうして、モノだけでなく「人」そして「地域」の循環が生まれている。「生徒にも交流の大切さを学んでほしいので、多くの方に協力していただいています。さらに、もっと校内協働も進めたい。せっかくものづくりの学校なのですから、より幅広い成果が期待できると思っています」と、生徒たちと同じ目線に立って未来を見据えている。


    実習を通して環境問題への関心が向上
    3年間の学びを将来に生かしたい

    写真左:森脇さん 右:森本さん(共に工業化学科3年生) 写真中央:難波先生

       なぜ工業化学科に進学しようと思ったのですか?

    森本 大雅(以下 森本)  親戚が化学分野の会社で働いていて、「化学って面白い」という話を聞いていました。「楽しそうだな、自分も学んでみたいな」と思ったのがきっかけです。

    森脇 輝(以下 森脇)  母が工業化学科の卒業生で、いいなと思ったのがきっかけです。石けんづくりの話も聞いていて、環境のことをよく考えている学科だという印象を受けて、魅力を感じました。

       環境問題について、どのように考えてますか?

    森本  ニュースなどで耳にして、地球温暖化の深刻さは理解していても、“自分に何ができるのか”はわかっていませんでした。自分ごととして考えるようになったのは課題研究の授業に触れてから。石けん製作の実習の中でもいろいろな学びがあり、自分に何かできることをしたいと思っています。とりあえずコンビニではレジ袋はもらわないようにしてて、マイバックを持参してます!

    森脇  僕も授業で深く知ってから何かやりたいと思うようになりました。廃油は捨てれば地球環境を汚してしまうゴミですが、石けんに加工すれば人間をキレイにしてくれるものになる。そういう環境にいいものを選んで使うことも自分にできることなんじゃないかなと今では思っています。

       実習との関わりや今後について教えてください。

    森脇  機械など設備がそろっていて、本格的に取り組むことができる環境です。通常の座学では学べない体験や発見があるので楽しい。卒業後はあえて別の分野に進んで、高校で学んだ知識と融合させて新しいことをしてみたいです。

    森本  じっとしているよりも実習で実際に手を動かしながら様々な体験をするのが自分には合っているように思います。やりたくてもまだできていないことが多いので、卒業までに成果につなげたいと思っています。僕も進学する予定ですが、将来は化学系の仕事を選択するつもりです。

       最後に難波先生に。この授業に込めた想いや、生徒たちに伝えたいこととは。

    難波先生  僕はここの卒業生なんですが、この石鹸づくりの授業は、僕が生徒だった頃から続いてるんですよ。まだ“SDGs”って言葉がなかった時代から、廃油を活用して石鹸を作るっていう取り組みは根付いてて、ある意味、津山工業高校の伝統みたいなものですね。
    今、僕が教員としてこの授業を受け持っている中で意識してるのは、単に石鹸を作るだけじゃなくて、“現場で大切なこと”を伝えたいってことなんです。安全に作業すること、周りを見て自分から動くこと、ちょっとした気配りが事故を防いだり、仕事の効率を上げたりする。それは、僕が企業で働いていた時に身をもって感じたことです。それから、環境のこと。廃油を使って石鹸を作るだけじゃなくて、川の水を使った簡単な生態系の観察とか、そういうことも取り入れて、“やってみて初めてわかる”学びの体験にしていきたいなと思っています。
    最近では、地域とのつながりも意識しています。保育園から廃油をもらって、それを石鹸にして、今度はその石鹸を園児たちに届ける。3Dプリンターを使って桜とかキリンとかの型で石鹸を作って。生徒たちにも一緒に保育園に行ってもらって、地域との交流も学んでもらえたらなと。
    生徒には、環境のこと、安全のこと、そして地域とのつながり——そういったいろんな視点を少しずつでも体験して、感じ取ってくれたらと思っています。


    素材調達から活用まで地域協働のものづくり
    活動を通して地域貢献への意識が醸成

    2021年から参加している「おかやま高校生地域未来創造事業」では竹林整備にも参加。自ら竹林に入り伐採する材料調達から関わるようになった。石けん製作と同様、竹材も調達から素材加工、製品化、活用の一連の流れを循環させるプログラムを整えたことになる。

    さらには工業化学科だけでなく、他学科とも連携し周知活動にも取り組んでいる。「公民館や学校に出向いて、園児や小学生、高齢者など幅広い年齢層の方へ自分たちのものづくりを伝えています」。出前授業や「津山工業高校オープンファクトリー」など様々なイベントを通して、地域の方々と触れ合っている。特筆すべきは、こうした取り組みによって地域の現状を知り“地域の役に立ちたい”という意識が自ずと育っていることだ。三宅先生は「卒業生には地域行政職を進路に選んでいる者もいます。地域の核となる人材育成につながればと考えています」と語る。

    思えば、自分たちの特性を生かしたものづくりは同校の強みでもあり地域から熱望されていた建校時の姿であった。時を経て、「循環型社会の実現」という次世代を見据えたテーマを得たことで、改めて地域課題に向き合っている。さらに地域と人との血の通った交流がプラスされ、地域の未来を担う人材が次々と生まれている。